2010年10月29日

其の四十一 マラソンA

1.マラソン大会三連覇
31年卒 目黒幸男 35年卒 桜井淳一 41年卒 武井良明
46年卒 小暮勝巳 54年卒 新井一則 60年卒 西村和幸
 目黒は「運動会のマラソン」でも三連覇したという。
 桜井は、3年生の4月に棒高跳びで大怪我しダメだと思ったが「最後の運命と想い走り」「挫折と復活」を経験した、「この経験はその後の私の人生に役立ちました」と述懐する。

2.毎回ではないが、ツベルクリン陽転者や医師・教師の判断で、4〜6qのBコースが設定され実施された年が多い。
3.参加賞のリンゴは、30年前後に始められた。39年には2個となる。
 昨年?からか、「リンゴ」は終わったらしい。食べ粕をあちこちに棄てる者も多く、「清涼飲料カン」にしたらしい。時代は変わる。
4.ラッキー賞は、40年には設けられ、教職員の指定する順位に「賞品が与えられた。「ノート・ボールペン」等が一般的であったが、「袋入りインスタントラーメン」「参考書」「辞書」等もあった。いや「宝くじもあったかなあ?」

5.近道、抜け道してチョンボしようという生徒はいつの時代にも出てくる。
 正門(現西門)を出て、左折し昭和小に向かうのに、何故か右折し元宿橋を渡り桐生駅前通りに出て潜んでいたなどというのは、初期の頃にもあった。
故に?その後も様々な手段を考え、途中を間引くことをした者はいるし、マラソン大会終了後、何日かして放課後全コースを走らされている光景をよく見かけたものである。
   
6.先生も参加し激走 あっぱれ!!!
  35年 斎藤憲衛(国語) 14位
  41年 二渡 務(数学) 16位
  50年代には、小林隆(英語) 順位未確認 上位入賞
7.なお、走行距離については、同一コースでも、記載qが違っている場合もあり、大体は8〜11qのコースであるとしておく。

8.「80年史」の優勝者一覧において、欠落している年度等を補足する。
  24年 2月 4日 第 1回  優勝 星野光男
  24年12月 9日 第 2回  優勝 田村 収
  25年11月22日 第 3回  優勝 田村 収
  26年  阿部「元雄」は    優勝 阿部「元」
  31年11月17日 第 9回  優勝 佐藤勇五郎
  32年11月22日 第10回  優勝 桜井淳一  
  36年・37年の平野は     優勝 平野「義寿」
  42年11月22日 第20回  優勝 八木 嘉
  48年11月 2日 第26回  優勝 山同尚行
  49年11月 2日 第27回  優勝 金子 勉
  50年11月10日 第28回  優勝 阿久津慎

 これも半年あまりかかって判明し、ほっとしている。
posted by 100年史編集者 at 16:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 行事・生活
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